阿字川
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阿字川地図
02-01 上下階見 階見川 矢多田川
02-02 上下井永 井永川 矢多田川
02-03 甲山小世良 宇津戸川 芦田川
02-04 甲山下刈屋 宇津戸川 芦田川
02-05 八田原 芦田川
02-06 久佐亀木橋 芦田川
02-07 木野山旧県道 阿字川
02-08 木野山角目 阿字川
02-09 木野山横谷 横谷川 阿字川
02-10 阿字落合橋 芦田川
02-11 河佐宮ノ間 芦田川
02-12 河面柳田 芦田川
02-13 父石艮神杜 芦田川
02-14 目崎 芦田川
02-01
上下階見
上下階見  三和町高蓋を発する階見川は矢多田川の本流である  西へ上下町井永へ出て備後三川から八田原ダムヘ流れる 水量の多い川で材木流しにはもってこいだったろう
 昔から裕福な集落であったことが窺える家並みである
 ここ階見小学校は帝釈への岐れ道 「帝釈まで七里いう道しるべが転ろぎょうる」と泉浩さんは説明して下さる  道しるべも立派な文化財だが この常夜燈と同じように道路が拡げられる度に移動させられて  終いには失くなったりするのは惜しい
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02-02
上下井永
上下井永  明治初期 福山藩の碩学 江木鰐水は 日本海へ通じる山陽山陰舟車道を提唱しました  それには水野勝成がつくった弓(井)溝を利用し 芦田川を溯り 矢多田川の井永から上下に出て  馬洗川 三次と続く計画でした(鰐水日記十一明治七年)  三次には「昭和の初め頃は澤山の帆舟が群れ居た」と 村上正名さんの奥さん  昔はかなり内陸でも舟を進ませたようです
 矢多田川は三和町高蓋を発し上下町の井永で井永川と合流し 八田原へ下ります  鰐水はその流れを利用して 井永へ舟を通す計画を樹てました  もちろん車馬の出現でこの提唱は実現しませんでした
 矢多田川は舟を通すには少し難しいですが  岡山県旭川が蒜山下長田まで高瀬舟の航路を開発した実績を思えば 不可能ではありません  「井永川ヲ修ムレハ運船ハ通ス可」と書いています
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02-03
甲山小世良
甲山小世良  国道脇にあるので 道行きのためのものとみえるが 実は芦田川の支流宇津戸川の源に位置し 宇津戸の谷を水禍から守っている
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02-04
甲山下刈屋
甲山下刈屋  宇津戸川の支流下刈屋川の合流点 下仮屋は奈良期海裏(うつど)庄の中心で政所仮屋があったところ

 宇津戸ふるさとみなおし会の看板は詳しく土地の歴史を伝える
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02-05
八田原
八田原  平成九年七月完成したダムは昭和48年(1973)着工  総事業費1080億円堰堤の高さ85メートル 長さ325メートル 貯水量は6000万トンで  備後地方の水がめ
 大雨の時の芦田川の洪水の心配もなくなった
 福塩線の線路もダム湖に沈んだかって八田原村の真ん中を流れる芦田川の清流を眺めていたこの常夜燈は  いま湖畔の八幡宮の境内からダムの水面を眺めている
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02-06
久佐亀木橋
久佐亀木橋  河佐峡下の久佐町亀木橋は数年前改築された 道路拡幅で常夜燈もすこし離れたところに移築 以前の場所にあったとき 橋と常夜燈のたたずまいは一幅の絵であった
 川幅は狭いが ここは芦田川の本流である 今でこそ上流にダムができて 濁流の恐怖はなくなったが その昔 地域住民の祈りは水難防除
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02-07
木野山旧道
木野山旧道  加茂町の早川忠一さんは木材関係のお仕事で 中国地方の山間部の地理に詳しい  鳥羽の旧県道の崖の上に立つ常夜燈を教えて下さった
 二十年ほど前 今の安全快適な県道が出来るまで此の辺りの通行は道路幅が狭くて曲がりくねっていたので難儀であった  頭の上の崖にある常夜燈など気が付くはずもない  まして今の県道を通るようになってからは旧道は使われることが少ない
 この旧道でさえも過去に拡げられた事だろう それまでは路傍にあって  この曲がり道が出水により崩壌されるのを守ってくれた
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02-08
木野山角目
木野山角目  角目(つのめ)の集落に囲まれた一角の神域に鎮座ましますのは火袋の金で金毘羅常夜燈と知れる
 火袋は木材であるが木は一寸百貫といって 一寸角で百貫の目方に耐えるというから  一寸角以上が四本で五百貫(約1.5トン)には平気で耐える 濡れないようにしつらえてあれば  数百年は大丈夫 地震の多い日本では下手な石の火袋よりも安全だ
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02-09
木野山横谷
木野山横谷  暴れ川のような谷川に沿って広い道 昔は此の道路の中にあって 洪水を鎮めていたのだろう
 道路工事のとき改築 地神と併設された跡がある
 常夜燈も端正で美しいし 小石を積んだ棚田の風情も 谷中の家居のたたずまいも美しい
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02-10
阿字落合橋
阿字落合橋  川石でつくってある 阿字川が芦田川に注ぐところ
 いずれが本流とも見分けがつかぬ大川の落合橋 北へ上下町 西は府中世羅線昔の銀山街道である

 橋のない当時 危ない板橋を馬を曳いて渡らねばならなかった 街道筋であれば 時には橋の外された奔流を渉る必要もあった
 ここは今 陸上交通の三叉路でもある
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02-11
河佐宮ノ間
河佐宮ノ間  河佐町公民館前 下神谷(かんだに)橋
 宮の間は上山(うやま)から川へ出る最も近道である 上山から伐りだした材木はここまで馬で牽き下ろされ  芦田川の本流で柳田の筏の組み浜へ
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02-12
河面柳田
河面柳田  旧道に面して金毘羅神杜が祀ってある 筏流しが盛んなころ 上流から流して来た材木は  柳田で筏に組まれて 府中へそして福山沖へ
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02-13
父石艮神社
父石艮神社 芦田川本流と御調川が合流する父石
清流のときは河川楽園 濁流はここで合して鬨の声を挙げて狭い谷間を府中へ なかなか水が引かん

川石でできている 艮神杜の境内に假住まいしておられるが 元は芦田川に臨んでいたはず
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02-14
目崎
目崎  芦田川の本流はここから今の府中市内へ流れていた 土生側の今の本流は元は支流だった
 明治十五年のこの辺りは緑豊かな水郷 當時の川辺に常夜燈は立つ
 むかしの川筋をわきまえぬとどうしてこんな所にこんぴらさんがあるのか不思議だ 金毘羅みちの道標ではない
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