神谷川・駅家
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神谷川・駅家地図
05-01 奥見 見谷川 神谷川
05-02 金丸 見谷川 神谷川
05-03 神谷川
05-04 宮内 芦浦川 神谷川
05-05 一宮御池 神谷川
05-06 北浦水神さん 神谷川
05-07 下市 神谷川
05-08 相方 神谷川 芦田川
05-09 駅家中島 服部川 芦田川
05-10 近田 芦田川
05-11 坊寺 服部川 小山田川 芦田川
05-01
奥見
奥見  下御領(神辺町)で山陽道と岐れた石州街道は新市で分岐し 本道は府中宿場へ 一方は宮内を経て桑木へ向かう脇街道西城往来となる 奥見の谷筋は西城往来で道幅は三尺と定められていた
 いまは山腹に 車がようやく通れる道が常夜燈を見はるかす
 火袋に火を灯す窓がないのは燈籠ではないとのことだが 亀の背に乗った灯籠らしきものは 金毘羅常夜燈にちがいない
 川石でつくる
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05-02
金丸
金丸  金丸花屋はいかにも港町の風情がある 奥見や高蓋から流した材木はここで筏に組み 神谷川を下る
 すぐ下流に落差のはげしい具ノ端上堰 中堰 下堰の三段堰があるが 筏通しの小川があったことがいまの地籍図でうかがえる
 藤尾川 見谷川 父尾川が集まるこの地を金丸(かねまる)と呼ぶ その昔銀山で有名であったことは知る人ぞ知る
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05-03
常
常  新市町常橋の袂 今はバイパスを通っていると気が付かないが むかしは神谷川沿いの往還のド真ん中に立っていたので有名だった 石垣の高さは50センチもないが 付近の老人によれば「子供だちにゃぁ石垣ぃ手をたわすんがようようじゃった」ほど高かったそうだ 神谷川が運ぶ土砂の堆積ははげしく道路も昔よりずっと高くなってきた
 眞宮社は常村の村社 一宮社は吉備津神社 この年は長雨冷害の天保の大飢饉 一揆・打壊しの激化で世情騒然だった
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05-04
宮内
宮内  芦浦(あすら)川は神谷(かや)川の名残川である
真っすぐに下ると郵便局の辺りへ出る そこで芦田川と合流し周辺に村落が出来た
 福山藩初代城主水野勝成は治水に功績を残した
その部下である奉行神谷治部は 大川を東の山裾に移して美田を創生した 奉行に因んで大川は神谷川と呼ばれるようになった と古老の話
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05-05
一宮御池
一宮御池  新市町吉備津神社 通称宮内のいっきゅうさんの前の御池堤防の上に高い石垣を組んで聳え立つ
 土台石には神邊屋店 木曾屋店などの名が並び大店の寄贈者数人による建造であったことがうかがえる
 むかし暴れ川だった神谷川がここで深い淵をつくり 小船で運ばれて来た砂鉄やたたらが ここで大船に積み替えられ 芦田川を下ったのです
 福山辻の坂の常夜燈(12-03)と同じ鰯問屋の銘刻も見られる
吉備津神社の創立の地が 舟運と深いかかわりがあることは 各地の神社がそうであるのと同じであることが頷ける
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05-06
北浦水神さん
北浦水神さん  新市郵便局裏 和田病院前に小川が集まるところがある 昔は近所の洗濯場だった(宮原倭子さん)
 浦は浜辺のこと 南浦は県道の南 昔芦田川が此の辺りまで湾曲して流れ それに神谷川が流入していた時が偲ばれる地名である
 この上手 御池線道路沿いにも水神の碑がある そこには「二本木出水と名付け旱魃時一丁田用水として田を潤して来た」(一丁田井手係)の説明文がある
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05-07
下市
下市  下市の金毘羅さん 享和三年(一八〇三)の建造 金毘羅常夜燈建立の流行が始まったのは文化・文政の頃ですが これはその十数年前ですから 備後では一番古いうちに入ります
 この常夜燈は約三十年前 新市町旧街道筋に面している盛岡薬局の区画内にあったものを 現在地に移築されたものです 境内の玉垣の作りといい約六米に及ぶ常夜燈の高さといい 元ここを流れていた神谷川が育んだ かなり裕福な集落が彷佛してきます

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05-08
相方
相方  昔はこの辺り川幅は狭くて幾通りにも分かれていたそうです 古府郷土史研究会によれば水深は三米くらいあった
 明治十五年頃の「広島県備後国著名之区景況調書」に舟筏の便にて府中港から積み出された物資は厖大な数量に上ることが詳細に記述してある
 高木町の内海正彦さんは 今の芦田川の真ん中ほどにあった再建前の常夜燈のそばでよく泳いでいたのです
 明治八年といえば今から百二十年前 水上輸送の盛んだったさまを見ていた常夜燈は いま何も語らない
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05-09
駅家中島
駅家中島  常夜燈のお守りをされる松川さんちは この辺りでは稀に見る藁葺き屋根のお家だ 葺き換え代は瓦屋根とは比べ物にならないほど高いが そこは風流を解される松川さんのこと ちょっとお邪魔をすると風雅な茶室へ通される
 火袋は当時としては超近代的な磨りガラスが使われている
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05-10
近田
近田  福山〜府中の旧県道 駅家町近田バス停そば かたわらに元の芦田川の名残川が流れる
 川はもとの用途を失ってだんだん狭くなり代わりに道が広くなって来て 常夜灯も立地条件が悪くなって来た
 邪魔だからといって勝手によそへもって行く訳には参りません この種の常夜灯の土地はすべて官地だからです
 文化十四年(一八一七)から百八十年間 福山〜府中間の物流の変化(水上から陸上へ)を見つづけて来ました
 火袋は木材でできているが それにしても 百八十年も平気でよく保つものだ
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05-11
坊寺
坊寺  ここは 服部川と小山田川が芦田川に注ぐところ 水防の難所である証拠には土手が異常に高い 芦田川の川底からはるか下に田圃が広がっている
 朝倉神社は水の神様であるが金毘羅大權現は仏様 同居しているのは河川改修の時の便宜上
 大木が倒れかかって崩れたが いま朝倉神社では危険予防の先手を打たねばならない箇所があるので その後が常夜燈改修となる
 坊寺(ぼうじ)の集落を水難から守ってくれた神社と金毘羅さんは やがて格式ある景観を見せるようになるはず
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