瀬戸川
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11-01 北本庄 上井手川 芦田川
11-02 圓照寺下 上井手川 芦田川
11-03 木之庄 上井手川 芦田川
11-04 本庄 道三川
11-05 野上 鷹取川 芦田川
11-06 南本庄 芦田川
11-07 多治米川口 芦田川
11-08 箕島釜屋 芦田川
11-09 箕島南浦 芦田川
11-10 松濱 福山港
11-11 港町 福山港









 北本庄三丁目、福山女子短大そば旧道に在る。山手橋付近のこの辺り昔は往来も多かったようである。
芦田川に初めて橋が架かったのは明治になってから山手橋が最初。
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 北本庄円照寺下にあるが、お寺の奉燈ではない。上井手川に懸けた祈願のしるし。
 神仏の名が竿に彫ってあるが、上の一字が読めるだけで、後は風化。文化・文政のころの作と見られる。

 道路拡張によって移動しているが、昔は川土手にあったらしい。


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 木之庄六丁目に在る常夜燈。
上井手川は奈良津を通って市村(蔵王町)へ抜ける用水路。この川幅があれば水運に差し支えない。
 この川の高さが芦田川の水位である。
市街地の平野とは二、三米くらいの落差がある。

 亀の背に乗った金毘羅さんに、お江戸天保時代の町人の粋を見る。
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 本庄北第二公園角に在る。
昔の地図をみると、この辺りで芦田川が分流し、現在の市内を流れて川口へ抜けていた。この芦田川の名残川を利用して福山の町うちの水利に供したようである。
 今でいう運河の役をしていた道三川は松浜へ出て福山港へ抜けていた。
 荘屋壽三郎 組頭伍(にんべに吾)一郎 總代仙助 ○地(田地か)施主権六とある。
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 野上町三丁目。
この常夜燈が建てられた当時は、ここが芦田川分流の鷹取川岸。

 家が建て混んだ都会の真ん中に、充分な敷地を確保した常夜燈と観音堂は、自然を残し季節の変化を知らせてくれる。
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 南本庄一畑薬師そばに在る。
国道が神島橋へ上がるために、道を土手の高さまで嵩上げしたし、芦田川の土手も高くなったので薬師さんも見晴らしが悪くなった。

 大  金 の銘刻は薬師さんの常夜燈ではない事を示す。
 国道が昭和二十年代につくられるときに、この地へ、八十八ヶ所の石佛群とともに身を寄せたのかも
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 西新涯町一丁目。
昔の芦田川の本流が通っていたところ。
 芦田川の川床に眠る草戸千軒は、中世に繁栄した町。昭和の初め頃まで大川の分流鷹取川はここを流れた。

 「蘆田川廢川地を福山が払下運動」(昭和七年十月二十六日・中國新聞)

 いまこの常夜燈のそばに立っても、かっての川っ淵の面影は全く見当たらない。車の流れが川の流れに取って代わったようだ。





(←右下の小さな写真がかっての風景
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 大正十二年の沼隈郡誌によれば、ここ釜屋は箕島から芦田川の分流に隔てられて、川口村の南端に位置している。
 山裾には大谷と呼ばれる泉があった。福山の銘柄三吉酒造さんは良い地質に立地されている。
 箕島からは三角新涯が北西に伸びて、この川によって川口村と隔たる。その水路はいま、レジャーボートの繋留で満員。
 一文字堤防の最果ての灯台だった金毘羅常夜燈は、いま陸地深く入って、創建の意義が忘れ去られようとしている。

 福山湾干拓図によれば、この水路は芦田川の分流であった。(芦田川改修史)
 
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 昭和四十年から五十年代にかけて、箕沖埋立地が出来るまでは、芦田川の河口はここであった。
汽水が出入りして漁猟は豊富であった。いま河口堰は魚切りの堰である。
 箕島はいま陸続きで、福山市の住宅・工場が押し寄せて来て島を埋め尽くしてしまったが、かっては寄進者名にみられるように、島に移り住んでいたのがたったの九軒だったらしい。
 常夜燈は小さいながらも、芦田川左岸の最終地点を示すものとして掲げた。
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 備後福山の経済の大きな出入り口。そこが福山港でした。近く埋め立てられ開発が予定されている。
 このところ松浜町三丁目、福山ゴムのそば、入り江を見下ろして立っているのが、三米余りもある堂々たる常夜燈です。今は入り江のどんづまりになっていますが、当時このあたりは福山港の入り口で、城のお堀につながっていました。
 松浜町・港町・住吉町・入船町・御船町・船町などが入り江沿いのゆかりの地名です。
 いま松浜町も埋め立てられると、常夜燈も潮騒から離れます。けれど開発の邪魔だからといって退けないで、昔のまんまの所にいつまでも立って居たいと言いたげです。
(※常夜燈の大きさが判りやすいと思い、人物をそのまま配しましたので写真が大きくなりました〜編集者)
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 港町派出所わきにあるが、港町付近には、常夜燈跡らしい小さい石碑や祠が散見される。ここから入り江はお城にむかって、松浜町・住吉町・入船町・御船町と延びていた。入り江に沿っていくつかの常夜燈があったろうが、戦災で無くなったのではないだろうか。
 天當神社の御旅所の石碑が立ててある。神輿が船で渡御していた頃の水上交通は賑わっていた。
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