平成8(1996)年2月の山陽新聞『一日一題』に次のような高橋孝一さんのコラムである。同氏の「お山のこんぴらさん」集録出版の真髄を物語っている。
◆常夜灯プロローグ 高橋 孝一 <001>
 どうしてこんな所に、と不思議に思われる所に立っている石灯篭。
それが昔の燈台だった常夜灯です。なにげなく街角にたたずむ常夜灯。付近の景色とよく調和しているので、気をつけないとつい見過ごしてしまいがちです。備中・備後の沿岸平野部には特に多い。昔の夜は真っ暗闇だったので、小さな灯でも遠くから見えました。
 寺や神社に属していない石灯籠は、たいていが航海の神様こんぴら常夜灯です。自然石をうまく組み合わしたものや、石工の見事な細工をみせているものもあります。柱には金、琴平、金毘羅、金刀比羅、象山、象頭山などの文字が刻んであります。製作年代は文化・文政から明治の中頃までですから1800年から1980年頃までです。つまりそれから今日までの100年間にはほとんど金毘羅常夜灯の新設はありません。
 車社会になる前は、物流の主役は川や海を利用した舟運でした。江戸時代は、参勤交代を見てもわかるように、地方に車は許されなかった。車を通す橋はどこにもなく、大量輸送は舟や筏にたよった。この100年ほどの間に、人車に続いて牛、馬車、鉄道、自動車、飛行機などが実用化された。昔の人が、木材・石材・薪・炭・米など、川を利用して運送に汗を流したのが、今は忘れ去られてしまいました。
 私は常夜灯とその場所を見るたびに、時勢の移り変わりの激しいさまに思いをはせる。と同時にこれからも変るであろう将来の姿を想像してみる。文明社会と思っているわれわれ現代人も、今日の生活の跡を残すことになるが、何をどんな形でのこすのだろうか。

  (高橋 孝一氏







<著作>
お山のこんぴらさん