神石高原町小畠に九鬼(くき)という字(あざ)がある。馬屋原但馬守正国の山城があったところ。この城山のふもとに常夜燈があり、私達は子供のころから「久城の常夜燈」と親しんでいた。今回「ふるさとの石燈篭」のサイトがスタートしたので、ご紹介したいと思います。たまたま当地の史跡探訪書「三和町散策」(びんご出版・松井正夫著)に掲載されているので、
松井さんのお許しをいただいて紹介させていただくことにしました。
◆九鬼の常夜燈 松井 正夫 <003>
 自然石の灯籠で傘石の上に多くの小石が投げ上げられている。竿石の正面に金比羅宮とあり、右側面に大神宮とある。天保十二年三月吉日の建立とある。伊勢の皇大(こうたい)神宮と讃岐の金比羅宮に対する献燈ということだ。昔は伊勢参宮は笠岡から大阪までは舟を利用するのが通例であったから、伊勢参宮の旅路の平安を祈って大神宮へと、海路の守り神金比羅宮へと、双方へ献燈したものと思われる。
 こうした道の傍にある、神社の境内以外の常夜燈は、だいたい前記の灯籠と同じような理由で作られたもののようで、金比羅宮などと彫られているのが多い。
 そして、このような常夜燈の庭は、昔は地域の立会い所(集会所)に使われたところも多かった。何か相談ごとがあると立会い(集会)が催されるわけだが、たいていは夜で、人々は薪の割木を三・四本を持って常夜燈の前に集まり、焚火にあたりながら談合した。
 傘石の上の小石は、投げ上げて一回でうまく乗っかれば願い事が叶うとか縁起がよいとか言って投げ上げたもの、筆者が子供の頃はみんなよくやったものだ。鳥居の傘木の上に投げ上げるのも同じ意味合いを持つ。
〜神石郡 三和町散策〜より
2005/02/01