竹原市
 賀茂川上流の横大道や田万里鏡田古墳群などから、その歴史は約2,000年に及ぶ。 平安時代には京都・下鴨神社の荘園として栄え安芸の小京都と言われる所以となった。 江戸時代には、入浜式の製塩技術を播州赤穂藩から導入し、広大な塩田が開かれ、 全国に「竹原塩」として盛んに流通した。 この流通とともに町人文化が花開き、「三頼」と言われる頼家の三兄妹、春水、春風、杏坪、 「日本外史」を著した儒学者、頼山陽をはじめ、多くの学者を輩出した。
 現在「文化と竹の公園都市」創造を目指しているが、町並み保存地区の住民が減少するなど、 観光客誘致のビジネス目標に対し、市政と市民の行動は噛み合っていない。
 観光客に「もう一度来たい」と思ってもらうために、私達ができる「もてなし」を、 観光パンフレットを手に、勝手に考えてみた。
[朝日山]
頼山陽の漢詩 雲か山か呉か越か・・・
瀬戸内海の向こうに見える四国の山を前にして、故郷に想いを寄せる山陽の漢詩を紹介してみよう。
[小吹の竹林]
『4月から5月半ばにかけてとれるタケノコは、とりわけ柔らかく良質です。』とパンフレットに書かれている。 全国に竹害が広がる中で、竹林の美しさを保つ地元の人たちが毎日実行していることを取材して、伝えたい。
[ホタルの里]
ホタルが棲息する環境は自然に優しい人々が住んでいる証拠です。 賀茂川の上流域に生活する人の自然に対する思い入れや、 感謝の心がどのような実践につながっているのか、一緒に訪ねてみたい。
[吉名・龍島]
映画ズッコケ3人組 怪盗エックス物語 のロケ地です。 原作者の那須先生は広島出身の昆虫学者。子供達のこころをいつもワクワクさせてくれます。 地元の子供達はどのように遊んでいるのだろうか。
[長寿の清水]
朝日山登山道の途中にある古い湧泉を地元の方々が独力で整備したそうです。 湧き水を長寿の元と愛する人々の食生活を聞いてみたいですね。
[春風館]
竹原は頼一門発祥の地であります。 頼山陽の祖父・頼惟清旧宅は江戸中期、紺屋を営んでおり、 その町並みを訪ねると学問に熱心な町というイメージを感じます。 叔父・春風の邸宅「春風館」は、武家屋敷風の数奇屋建築で、 ここで医者を開業するかたわら、師弟の教育にも携わりました。 隣の「復古館」も数奇屋建築ですが、製塩業と酒造業を営む豪商です。 商売の口コミを通じて、得る情報が学問だったのでしょう。 当時の勉強の様子を語り合う時間をとってお迎えしよう。
[木村城跡]
天文13年(1544)11月、毛利元就の三男徳寿丸は竹原小早川の本拠木村城へ入り、 後年、水利のよい新高山城を修築して移るまでの居城であった。 戦国時代の中で、領民の幸せを第一に生き抜いた戦国武将の政治姿勢を、 今の政治家と比べて、話し合ってみたい。
[まちなみ竹工房]
古代から竹は軽くて強く、加工が容易なことから、武具や楽器、調度品をはじめ、 産業用具や生活雑貨用として広く使われてきました。 種々諸々の生活用品が手作りのアイデアで出来ることを体験してもらい、その喜びが原点になると思います。
[竹の館]
中央の塔は上がタケノコ、下は亀甲竹、建物部分は竹の地下茎という竹をイメージした建造物であり、 270本の竹を束ねたパイプオルガン風の楽器があり、アイデアを実現する楽しさが伺えます。 また「尺八」や「ししおどし」などの竹の音色を表現したシンセサイザーの音楽が ホールに響きわたると幻想的な雰囲気が漂い、新鮮な驚きに包まれます。 竹の用途は無限です。材料はどこにでもあり、ここでは大きな夢に挑戦したくなります。
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