高原のルモンド
13. 神石高原を美しく
2003.03
早春の神石高原 遠く北の山々の頂きはまだ白く、早春の神石高原からの遠望は心を洗われるほど美しく、この地に住む幸せを思います。
しかし、この山道のわきには自動車の廃車の山が目に付いて折角の風景を台なしにしているのは何としたことでしょう。この犯人は意外や近隣の自動車販売修理業者です。
あまりにも見苦しいので、通りがかりに注意をすると、目くじら立てて向かってきます。
彼らの言い逃れの言葉は判っています。予想するとおり、ちゃんと言い訳を用意して居り、彼らにとって「これは資材であってゴミではない」と言い張るわけです。
しかし、どの角度から見ても粗大ゴミにしか見えない。ゴミか資材かが問題です。
ゴミか?資材か? ゴミならば、勿論、不法投棄の現行犯ですから業者にとってゴミと判定されるのはたまらない。だからむきになって資材だと言い張るのです。
そのあと、何の権利があって人の仕事にイチャモンをつけるかと、逆捩じにかかる、まことに可愛げのない業者もいます。
最初はゴミとなった廃車の中から必要に応じてパーツを取り出すためのストックであったことではありましょうが、それは言い訳に過ぎず、誰が見ても最初から粗大ゴミであることに間違いはありません。そしてそのあと、月日の経過と共にそのパーツを取り出すこともなくなり、正真正銘のゴミの山となります。この間が推定で1ケ年間ぐらいでしょうか。
これはモノが大きいだけに無責任きわまりないゴミの山となります。そしてあろうことか本人にも忘れられて、いつまでも放置されることとなるのです。
そしていまひとつ問題なのは、誰も何も言わないために、それが年々大きくなり、少しも片付けられないことです。中には雑草さえ生い茂り、目に余る汚い場所となってきました。
このままではこの無責任な不法投棄を見過すとすれば、神石高原は如何なる環境と成り果てることでしょうか。
ゴミか?資材か? 現在、各地で産業廃棄物処分場設置には大反対が叫ばれて居ますが、当然、誰もが自分の故郷をゴミ捨て場にはしたくないのです。しかし、正規の処分場には環境に対する配慮が万全でなければ許可されないはずです。
誰が見ていなくてもジュースの空き缶一つでも「ポイ捨て」は普通の人には出来かねますし、とがめられても当然です。一方で廃車の放置は気にならないのでしょうか。
これは如何にも安易に、無責任にゴミの山が出来上がります。しかも、山道でも道路着で便利のよい所を使ってあり通行人にはどうしても目ざわりとなります。聞けば12〜13キロも離れたところの業者の仕業とか。わざわざ人家のない山道のほとりを選ぶのです。
私が注意してから数年が経ちました。ゴミはそのまま近頃は出入りもなくなったようです。

もともと神々の里と言われた私たちの故郷ですが、いつしか先祖代々の農業がだめになり、大方の住人は年老いて為す術もないこととなりました。
あれほどに頑張った農業も畜産も、まことに惨めな敗北に終わりました。いま自分の身体が次第に弱るのと、こうして故郷の土地が荒れるのとは同じくらいにつらい悲しいことなのです。「国破れて山河あり」と申します。積年を思えばまことに切ないものがあります。
ゴミか?資材か? 破れたりとは言え、山里としての美しさを残したいのは、この地に生まれ、そして生涯を生きたものたちの自然な願いであります。
山奥なればこそ見過されるこの粗大ゴミの不法投棄は、気がつけば、つい近くのものだけで数ケ所もあり、廃車ばかりではなく冷蔵庫など電器製品や建設機械などもあります。
神石郡内だけでも数十ケ所が推定されます。
まだ、事業を継続している業者は方法もありましょうが、倒産して居なくなった業者はそのまま粗大ゴミを片付けることはありません。これは一体どうなることでしょう?
何かの話で「土地はお前のものかも知れないが、風景はみんなのものだぜ!」と言う言葉を聞いたことがあります。本当にそうだと思います。
いつしか個人の利益ばかりを考える世の中となりましたが、個人主義と言うものは社会全体の規律を乱して、それを崩壊させてしまいます。この粗大ゴミ放置の問題は、その一つの例ですが、根が深くどうしょうもないものを感じさせます。
「自分の人生だから自分の自由だ」と言う考え方、自分が社会の一員であり、また家庭の重要な一員であることを忘れた若者たちが増えるのと同じプロセスです。
施設日本は昔、大東亜戦争に負けました。そして山里の百姓は経済優先の考え方の前に滅びてしまいました。そして、いままた個人主義のため、この上に崩壊をはじめています。
粗大ゴミの放置はよく目に見えますが、老齢化、少子化、核家族化、目に見えにくい心の問題が社会を荒し、人々を、また、家族を引き離して、人間としての正常さを保持できなくなってきています。
やれ「ゴミを焼いてはいけない」とか、やたら厳しいことを言いながら、粗大ゴミの山すら取り締まることができない。今の行政の条例や法律はどうなっているのでしょう。
今度、町村合併が成立して新しい町づくりができるとしたら、ひとり暮らしの老人にも、また、山奥の道端の美化にもなにか配慮ができるのでしょうか。
旅先で、宮崎県から鹿児島県鹿屋へ行く途中、国道のほとりに大きな看板が出ていました。
風景 それは「親孝行宣言の町」有明町とありましたが、私はホットする思いで感動しました。神石高原の新しい町もそのような宣言の出来る心のあたたかい、過疎ながら、凛とした町にしたいものです。

 さて、「ル、モンド」とは、フランスの有名な国際ニュース紙の名前ですが、長らくこの「高原のル、モンド」を載せさせていただき、ありがとうございました。ル、モンド社から怒られそうなチャチな記事ばかりでした。このへんで筆を折らせていただきます。
ページトップへ
【文責】 宮池 誠文
住所 〒720-1622 神石郡油木町大字近田835
tel 08478-2-2121
e-mail senyofox@do5.enjoy.ne.jp
戻る 次へ
Copyright(c) 2000-2003 bingo e shotengai. All Rights Reserved.