フライトロード建設への思い
 大和町が属する賀茂台地・世羅台地は典型的な中山間地帯で、複雑で多数の山あいに農地を開発して、 そこに集落を形成する状況になっている。これら多くの集落は標高300〜450mの地帯に開けており、 沿岸部とはかなりの標高差が存在している。
 広域都市圏構想が策定された昭和40年代当時三原圏に属していたが、 その中心都市である三原市に出て行くためには地勢上300mに近い標高差を往復しなければならない。
 現在属している東広島市を中心とする広域都市圏の場合においても 沼田川の流れ(標高50m)の標高差まで下がって、 また造賀(東広島市高屋町)の台地まで登っていき、 そこから再び下がって東広島市の中心部へと入っていく必要がある。 いずれの都市圏中心部とのアクセスを考えた場合でも標高差の障害を克服することが絶対条件と言わねばならない。
 この絶対条件を解決してくれる事業がフライト・ロードの建設事業である。
 フライト・ロードは沼田川に懸かる大架橋が事業の中心部であり、 この架橋なくしてはフライト・ロードの建設意義はないといっても過言ではない。
 21世紀の高速交通時代、地域活性化に果たす空港の役割は極めて大きく重要である。 そのためには使い易く便利な空港でなければならない。 広島空港の利便性を考えた場合、東西アクセスは山陽自動車道によって整備されているが、 南北アクセスには課題を残している。
 そのいみでフライト・ロードの建設は大和町という狭い地域の問題ではなく、 島根・愛媛両県をにらんだ日本海と瀬戸内海を結ぶ戦略的プロジェクトと言う事ができる。
大和町元町長 岡田孝裕